れおなちずむ

素粒子物理、量子計算、機械学習、計算機科学とかの話をします

Lorentz群の表現論と場の量子論

ピノル表現

ピノルの概念を考えるうえではやはりLorentz群というものが重要になってきます。Lorentz群というのはLie群の一種で、よく知っている3次元空間の回転に、時間方向と空間方向のなす面上での「回転」(これはLorentz boostと呼ばれます)を加えた群です。時空の対称性であるLorentz群は物理では特に重要なLie群で、物理法則はこのような4次元時空を混ぜあわせるような回転変換についても不変であれ、というのが古典電磁気、ひいては相対論における要請なのです。
歴史的なあーだこーだは抜きにして、Lorentz群というのがポンッと与えられたわけですが、実はこのLorentz群というのが、とてもヤバ~い群なのです。
というのも、Lorentz群には空間回転だけでなく時間方向と空間方向の面上での「回転」を表すLorentz boostが含まれているのです。これはboostという名のごとく操作のイメージとしてはぶおおおおおん🚗💨💨💨💨💨💨💨💨💨💨💨💨💨💨💨という感じです。つまり3次元空間においては「有限」の範囲に閉じていた回転操作というものが、Lorentz boostを考えると、途端に「無限遠方」に行ってしまうようなそういう抽象操作が可能になってしまうのです。
こういうLie群をノンコンパクトLie群とよびます。Lie群多様体でもあるのでもちろんそこには位相構造が入っているのですが、そういう位相構造が有限区間で閉じていないがために、このLorentz群とやらは「ノンコンパクト」になってしまうのです。


現代物理学はそのほとんどが連続的対称性と、その対称性を保つLie群についての話みたいなところがあるので、必然的にLie群とその無限小変換としてのLie代数という概念が重要になってきます。
とくに、そのようなLie群のもつ抽象的群構造を、実際に何らかの$n$次元ベクトル空間上の線形変換で実現するためにはどうすればいいのかというのがしばしば問題になります。これは純粋に数学の問題で、表現論(representation theory)と呼ばれる一分野を構成しています。
大抵初めは4次元ベクトル空間上とかの具体的な群を素朴に考えるのですが、研究を深めていくと次第にこれをもっと一般の空間で考えたいという欲求が出てきます。
そのためにはまず、その群がもつ抽象的な群構造をとらえて、つぎにその群構造$G$から$n$次元ベクトル空間$V$上の線形写像(つまり自己準同型のなす群$\mathrm{Aut}(V)$)への準同型$\rho:G\rightarrow \mathrm{Aut}(V)$を構成するということをします。$V$が$n$次元実ベクトル空間の場合、$\mathrm{Aut}(V) \cong GL(n,\mathbb{R})$なので、この場合は実際にLie群$G$を実現するような$n$次元実正則行列を探せというのが問題になるというわけです。
Lorentz群の場合も例に漏れず、初めは4次元時空における変換を考えるのですが、ここから微小変換を考えて、さらにその生成子$M^{\mu\nu}$たちがなすLie代数を抽出します。

$$ \left[ M^{\mu\nu}, M^{\rho\lambda} \right] = i \left( \eta^{\mu\rho}M^{\nu\lambda} - \eta^{\nu\rho}M^{\mu\lambda} - \eta^{\mu\lambda}M^{\nu\rho} + \eta^{\nu\lambda}M^{\mu\rho} \right) $$

あとは得られたLie代数(およびその指数写像としてのLie群)を表現論の知識を使って表現するだけです。


ピノルというのはこうして得られた非自明な行列表現に従うベクトル空間の元のことで、この表現を歴史的な理由からスピン表現だとかスピノル表現と呼んでいます。Lorentz群の場合、これは2次元複素ベクトル空間の元であり、$SL(2,\mathbb{C})$という行列の下で変換します。
まあこのようにスピノルもベクトル空間の元なので数学的な意味ではベクトルなのですが、我々がイメージする素朴なベクトルとは幾何学的なニュアンスが異なるので、これを区別するためにスピノルという言葉を使っているようです。*1
じゃあどういう点でニュアンスが違うのかというのが気になります。いま我々はLorentz群の微小変換として得たLie代数から指数写像によってスピノル表現$SL(2,\mathbb{C})$を構成したわけですが、実はこれは元々のLorentz群とは同型ではないのです。正確にはこれは1対2対応であり、数学的には$SL(2,\mathbb{C})$がLorentz群の二重被覆になっていると言います。*2
Lorentz群とその二重被覆である$SL(2,\mathbb{C})$とは確かに群構造としては同じなのですが、位相構造全体を俯瞰して見てみると実は$SL(2,\mathbb{C})$はLorentz群を2回覆っているということがわかります。この1対2対応のおかげで、あるLorentz変換に対してベクトルが1回転すると、これに相当する同じLorentz変換に対してスピノルは0.5回転(反転)します。幾何学的なニュアンスの違いと言ったのはまさにこのことなのです。
それでは一体どこで同じLie代数から異なるLie群が生じたのかというと、そのポイントになるのは「指数写像」です。Lie代数というのは素朴には無限小変換のなす群みたいなイメージなので、これを有限変換に持ち上げるには無限小変換を無限回繰り返すことになります。それで、この操作を素朴に行うと指数行列になるから「指数写像」なのですが、つまるところ、Lie群の無限小変換に関する局所的な情報を持つLie代数を指数写像によって大域的な変換へと持ち上げようとしたがために、局所的には同じだが大域的な構造としては異なるようなものがLie群として得られたというのがオチです。今の場合、それが$SL(2,\mathbb{C})$に相当しているわけですね。


さて、素朴な4次元時空におけるLorentz変換は実行列で表される変換だったのに対し、このスピノル表現は自然と複素行列になる(そしてその表現に従うベクトル空間は自然と複素ベクトル空間になる)というのは結構驚きに値するんじゃないかと思っています。しかもそれが単なる数学的な対象に留まるのではなく、素粒子の分類に現れる物理的な実在たるフェルミオンを見事に表現してしまうわけなので、自然って上手くできてるなぁって感じますよね。

ユニタリ表現と場

さて、はじめにLorentz群がノンコンパクトLie群であるという話をしました。私がノンコンパクトなLie群にこだわった理由は、ノンコンパクトなLie群に対する表現がユニタリ作用素となるようにするためには、その表現次元が無限次元でなければいけないというstatementが知られているからです。*3
量子論では系の状態をHilbert空間の元とみなし、観測をそのHilbert空間上のユニタリ作用素とみなすことで、理論を構築するのでした。したがって相対論的な量子論を構築する場合、Lorentz群の表現空間に対する群作用がユニタリ作用素として実現されなければなりません。しかし、上で述べたように有限次元空間の下ではそもそもLorentz変換に対応するユニタリ作用素を構成することができないのです。
これら二つの事実を比較してみると、量子的なというものを導入しなければならない論理的な必然性が浮かび上がってきます。


ある量子論を記述するHilbert空間を構築する上で、われわれは伝統的に正準量子化と呼ばれる処方箋を用います。古典系を記述する正準変数に正準交換関係(CCR)を課して演算子化するというのが標準的な正準量子化の処方ですが、何よりもこの処方における最大の焦点は「相空間上の正準変換をHilbert空間上の無限小ユニタリ変換に写す」という点にあります。
古典的な場の理論では相空間の正準変数も、正準変換も、すべて無限次元空間の対象です。したがって、第二量子化*4を通じて得られる量子論は、当然無限次元のHilbert空間および無限次元のユニタリ作用素によって記述され、古典論においてある種の正準変換を生成していた正準母関数は、正準量子化の処方によって、対応するユニタリ変換を生成するHermite演算子として表現されることになります。
つまり、場を基本変数とみなした古典論に正準量子化の処方を適用することで、対応する量子論は自動的に無限次元ユニタリ表現を獲得するのです。
Lorentz変換の有限次元表現である$SL(2,\mathbb{C})$スピン表現なども同様で、正準変換を生成する正準母関数を正準量子化の処方に沿って場の演算子に置き換えれば、対応するユニタリ変換の生成子が得られることになります。
場の量子論が場を基本変数と見做さなければならない理由が、純粋な数学である表現論の立場から説明できるというのはすごく面白いと思います。


古典論における有限次元表現と、量子論における無限次元ユニタリ表現にはもちろん関係があります。最後にこの関係を示して締めたいと思います。
話を簡単にするため、座標が変更を被らない純粋な内部自由度の変換を考えます(Lorentz変換のような外部対称性の変換に対してもほとんど同じ議論が成り立ちます)。
群$G$によって記述される、内部対称性を保つ変換$g \in G$によって、古典場$\varphi_a(x)$は$g$の有限次元表現${D(g)_a}^b = {\exp(i\theta^A T^A)_a}^b$の下で

$$ \varphi_a(x) \longmapsto \varphi'_a(x) = {D(g)_a}^b \varphi_b(x) $$

なる変換を受けます。
同時にこの変換は、ある種の正準母関数$Q^A$によっても引き起こされ、その微小変化$\delta^A \varphi_a(x) = i{{T^A}_a}^b \varphi_b(x)$はPoisson括弧によって

$$ \{ \varphi_a(x), Q^A \} = \delta^A \varphi_a(x) $$

と与えられます。
ところで量子論において、系の状態はHilbert空間の元$|\Phi\rangle$で与えられますが、古典論における変換に対応して、内部対称性の変換$g \in G$による状態の変換は無限次元ユニタリ表現$U(g)=\exp \left( -i \theta^A Q^A \right)$を用いて

$$ |\Phi\rangle \longmapsto |\Phi'\rangle = U(g)|\Phi\rangle $$

として与えられます。ここで現れる$Q^A$がまさに、古典論における正準母関数を場の演算子で置き換えることで得られたHermite演算子です。
さて、古典論における場$\varphi_a(x)$に対応するのは、量子論における遷移行列$\langle\Phi| \varphi_a(x) |\Psi\rangle$なので、古典場の変換則から、

$$ \langle\Phi'| \varphi_a(x) |\Psi'\rangle = {D(g)_a}^b \langle\Phi| \varphi_b(x) |\Psi\rangle $$

という関係が得られます。これが任意の状態$ |\Phi\rangle, |\Psi\rangle$に関して成立しなければならないので、演算子としての関係

$$ U^{-1}(g) \varphi_a(x) U(g) = {D(g)_a}^b \varphi_b(x) $$

が成り立ちます。こうして古典論における有限次元表現${D(g)_a}^b$と、量子論における無限次元ユニタリ表現$U(g)$を関連付けることができました。
これを局所化すると、

$$ [ iQ^A, \varphi_a(x) ] = \delta^A \varphi_a(x) $$

となり、確かにPoisson括弧が交換子に対応していることがわかります。
ところが、この関係はそもそも正準量子化において要請されるべき関係なので*5、むしろこの関係が成り立つということが、結果的に正準母関数$Q^A$(を場の演算子で置き換えたもの)が無限次元ユニタリ変換$U(g)$の生成子になるということを正当化しているのです。
もちろんこの$Q^A$は、Noether電荷として古典的なLagrangianから具体的に求めることができます*6

*1:物理のひとたちは、ベクトルを単にベクトル空間の元としてだけではなく、これに変換性の情報を加味したものをひっくるめて初めてベクトルと呼んでいることが多いです。

*2:この$SL(2,\mathbb{C})$のことを$Spin(3,1)$ともよびます。

*3:このstatement、非常に重要なのですが名前が付いてないみたいで悲しいです。

*4:これは通常、古典的な場を正準量子化によって量子化することを意味します。

*5:正準量子化の処方において重要視しているのが「相空間上の正準変換をHilbert空間上の無限小ユニタリ変換に写す」ことであると言ったのはまさにこのことです。

*6:対応する量子論において自発的対称性の破れが起きていなければ、$Q^A$はwell-definedな生成子として存在します。